![]() |
|
★★ みがわり猫地蔵 ★★ | |
| 吉田 | このお寺(宝勝寺)には、猫地蔵というのがあってね。もうそんな話は、だれも知らないでしょう。 昔、六部が大門峠で行き倒れになった時、夢枕に猫がたって、このお寺を教えてくれたんだって。それで、やっとこのお寺にたどりついた。 その話をお寺さんにしたら、お寺さんでは、猫が昨夜焼け死んだというんでね。猫が身代わりになってくれんたんだということで、お地蔵さんをたてて供養したんだ。それが本堂にまつってあったんだが、いつの頃か外にだされて今の所にまつられたんだよ。もう誰もいわれなんか知らないだろうね。 |
| 聞き手 | 昔、この辺は、どんな様でした。 |
| 吉田 | この辺は、昔は、あまり変動がなく200戸前後でした。増えたり、減ったりもなくてね。蚕がさかんで、現金収入だったからね。 あと山仕事だね。山は、この裏の方で、二百ヘクタールあってね。六反歩ずつ分けて貸してあり、誰でも入っていい共有林があって、そこで「たき物」やすみ焼きをしていたね。 この向こうに「市道」(いちみち)と呼んでいる道があって、そこから市峠(いちとうげ)を通って清陵まで歩いたんだよ。昔は皆歩いたもんだよ。 |
| 聞き手 | 吉田さんの行かれた小学校は。 |
| 吉田 | このお寺の下の田圃の所にあった。北大塩小に三年通ったよ。それからは、今の米沢小に通ったね。北大塩小の時は、わしらの組は42人で男は17人だったね。女衆がえらかったね。つよくてね。 |
★★ 年中行事 ★★ | |
| 聞き手 | 昔のお正月は。 |
| 吉田 | お雑煮だね。モチが一番のごちそうだったからね。モチは九の日はつかないという言い伝えでね。あと塩鮭だね。川で塩抜きをしてね。雑煮にはチクワをいれたね。あと、組合の庭で二十八日頃、茅野の業者の人を呼んでウサギをつぶしてもらったんだ。どこの家も大体ウサギを飼っていたから、つぶしてもらって、雑煮に入れたんだよ。出し汁にしたんだね。野うさぎ狩もしたね。昔はたくさんいたからね。今は見なくなったね。キツネが増えたからね。 一日には、この辺のお宮にまいったね。今の人は、みんな諏訪大社に行くようだね。 お雑煮を神棚にあげたね。農家はみんな恵比寿・大黒・荒神様を祭ってあったからね。お荒神様は行者が歩いて札を売ってたね。 次は小正月だね。1月14,15,16日とね。16日はお墓参りをしたね。ドンドン焼きは、昔は「辻」でやったね。一軒で一把ずつ「ボヤ」を持ち寄って14,15,16と三晩たいたんですよ。北大塩には六部落あったんで、六カ所でドンド焼きをしたんだよ。ここは「内久保組」といったんだ。ドンドン焼きとかドンドンビンといって厄除けだね。年番が世話をしてね。 昔、蚕をやっていた家は、観音さまを信仰していたんだよ。馬頭観音を信じていたんだ。観音さまが馬に乗ってやってきたという言い伝えでね。だから、八十八夜に馬の靴を借りてきて、翌年の八十八夜にかえしたんだよ。馬も大事にしたね。馬の草は霧が峰(車山)まで一日に二回刈りにいったんだよ。平らな道は、馬に乗っても、山道はかわいそうと歩くんだよ。田の仕事のあとは、馬の足を洗ってやったり、大事にしたよ。なにしろ、家の三分の一は馬屋だったから、蚕もいたし、夏はハエがすごかったね。 |
★★ 代参 ★★ | |
| 吉田 | 11月24日は「甘酒まつり」で、秋葉様・戸隠様の代参のくじを引いた日だね。もちろん歩いてお参りしたよ。戸隠様には、大門峠を通って丸子まで歩いてね。一泊で行って帰ったね。秋葉様へは、杖つき峠を抜けて長谷村・分杭(ぶんくい)峠で秋葉街道に出て、大鹿村を抜けてね。これも一泊で行きました。 七月五日は、十五社(じゅうごしゃ)で「うぶすな様」のお祭りです。九月十九日は小原のお祭りだね。長もちが出たり、お客を呼んでにぎやかでしたね。 昔は、映画を茅野まで歩いて見にいったよ。中央座といって、大塚神社の所だったね。公会所(舞台)で田舎芝居が時々かかったね。 あと、楽しみは、若い女衆が「宿」というのをやっていたから、そこへ行って、カルタやトランプをしたね。 このお寺の境内の右手の建物は、舞台になっていて、村の若い衆が芝居をやっていたんだ。 |
| 今日は、どうもありがとうございました。 ここは、すばらしい眺めですね。いろいろと楽しいお話をありがとうございました。 |



![]() | 目 次 (一)行動する博物館ボランティア・・・・・・両角源美 |